2012年03月03日

「トイレットペーパー」

DSC02748.JPG
「山積みのトイレットペーパー」
スーパー、ドラッグストア等に行くと玄関に「チッシュ」「トイレットペーパー」が山積みされている。安い。絵筆を吹くのに買うことがあるが、いつかこの山がなくなる日がくるのではないかと、いつも不安になる。オイルショックで経験しているだけに、身体の底辺にいつも枯渇の不安が消えることはないのである。リサイクルしているとは言え資源を消費していることに変わりはない。
トイレも進化してウォッシュレットが日本で開発普及し、紙の消費は少しは減っているのであろうか。
何でこんなにコストが安いのか。人類はいつからトイレットペーパーを使い出したのか。飼い猫は実に
上手く自ら処理をする。多分紙を使わない民族も多くいるに違いない。インド人を40年前頃九州を観光案内した時、旅館でトイレに水を要求された時がある。今日も山積みはあった。明日は何が起こるか分からないぞ。
posted by port at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

「女子サッカー・アルガルヴェ杯」ポルトガル

DSC02756.JPG
「ポルトガルでの女子サッカー」
2/29ポルトガルの南部の「ヴィラモウラ」で開催中の女子サッカー「日本VSノルウエー」戦をTVで応援、2:1で快勝した。W杯予選、ウズベキスタンに1:0で男子は負けただけに、日本女性は強い。
試合会場は「ファーロ」に近い、この街には4年ほど前に行ったので懐かしい限り。大西洋と地中海の間のカデイス湾に面して、漁村と有名なリゾート地である。ファーロには飛行場もありリスボンからの
定期便がある。イスラム勢力終焉の地でイスラム色の強い建物が多い。古い市街地は中世の街そのもの。今気温20度ぐらい、私も2月頃の旅であったが日差しが暖かった。一泊したので浜辺を歩いた。
北欧の観光客がジョクングしていた。見たこともない黄色の花が咲いていた。ブラジル原産と聞いた。

posted by port at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月21日

「愛ネコミナ」

080.JPG
「難儀な愛ネコ」
仔猫の時から抱き癖が付いたのか、寝ているとき以外は私の後を付け回す。立って抱かないと満足しない。犬みたいに「クンクン」鼻を鳴らして私をつけまわす。少々鬱陶しい。猫は一日の半分は寝ているので助かるが、終日後を付け回されるとこちらがノイローゼになってしまう。
あとはテレビが好きで相手にしないと毎日テレビの画面を凝視している。国会中継、朝ドラ、ドキュメント番組、なんでもござれ。球技番組に飛びつく猫本能の見かたではない。瞬きもせずじ〜とドラマ見ているのである。猫と一緒に番組を楽しんでいる錯覚を起こしてしまう。ぼつぼつ目覚めてくるころで
ある。
posted by port at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

「国家財政破綻」


DSC02722.JPG
「今夜列車は走る」
ニコラス・トウオッツオ監督のアルゼンチン映画を民族博物館で観た。破たんした国家財政と非効率な政府の1990年代アルゼンチンが舞台背景。鉄道が民営化を余儀なくされ、大幅な廃線、リストラが発生。
中産階級から排除された鉄道員たちの悪戦苦闘の物語。「国を信じたばかりにこのザマだ」悲痛な叫び。日本は元気なうちに国鉄民営化、今民営化したら大変なことになっていたことであろう。
財政再建も待ったなし、身につまされる映像であった。ラストシーンに目がしらが熱くなった。

posted by port at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

「孫と包丁」

DSC02563.JPG
「肥後の守」
孫が郡上の山里に住んでいる。4歳の時包丁で野菜を山から引いた水辺で洗って切っていた。一瞬どきりとしたが、ゆっくりとした動作で心もとなくも切っている。それでも手を切るのではと心配の気は消えない。よく考えてみれば万が一間違っても指を落とすわけだはあるまい。
孫は箸の持ち方が実にうまい。ごはん、うどん、等々茶碗で実に綺麗に食べる。二番目の孫も食べ方が綺麗である。幼少からの遊びから自然と身に着いたものなのであろう。
私の幼年時代、「肥後の守」の小刀を持つことが当たり前であった。これがなかったらどんな遊びもままならなかった。手を傷つけたことも幾度もあり、石で研いでぼろぼろなるまで使用した。里山に入ったらこの「肥後の守」がなければ何もできなかったのである。「肥後の守」で他人を傷つけた事件を聞いた記憶も全くない。本物の「肥後の守」は実に丈夫であった。
posted by port at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「普賢岳の被災記念物」

DSC02562.JPG
「普賢岳の記念物」
NHKの「心の旅」で火野正平が島原半島を訪ねた時普賢岳の噴火土石流で埋まった民家を目にして
この民家は移設したのだろうと云った。普賢岳は遠くに眺望できる。民家は屋根下まで土石で埋まっている。この地にあった民家で、被災地の記念碑の一つとして残されているということであり、火野正平もびっくりしていた。これほど生々しい記念碑はあるまい。噴火の恐怖をそのまま再現している。
被災者にとって毎日目にするこの民家はつらいことであったろうと思う。しかし自然の脅威はあっという間に風化してしまう。それだから人間は頑張れることもできる。
東日本被災記念碑で美しい鐘が建立された映像を見た。少々違和感を覚えた。100年後にまた同じ災害が発生しないとも限らない。文字、写真は残るが人々が見ないと意味がない。後世のためにもっと風化しない記念物を創造するべきであろう。現に石碑より上に家を建てて津波からまぬがれた住民がいるのである。
posted by port at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 街の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月24日

「岳陽楼」中国の寺院

DSC02506.JPG
「岳陽楼」中国の寺院、
前から気になっていたことであるが日本以外の寺院、中国、韓国、東南アジア地域の寺院の屋根が上に反り返っている。日本の寺院の屋根は少し先端がそり上がっているが、これほど人口的で不自然ではない。西洋のゴシック建築も天に届けとばかり、教会の先端が尖っている。仏教寺院も天上の神々への敬虔さを表現しているのか。
あの屋根の不自然さは、雨露を凌ぐ屋根の機能を阻害している。私は唐招提寺の屋根の形にこれ以上のないフォルムと思っている。自然の風、雨、光、樹木にすべてを包含して許容している。人工物として突出を極力避けている。逆にそこにおどろおどろした人智を超えた美しさと怖さを覚える。
posted by port at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

「文化踏切道」

DSC02273.JPG
「文化踏切道」
近くの阪急電車の踏切に「阪急電鉄の文化踏切道」のプレートが取り付けてある。何で「文化踏切道」なのか定かではない。20年以上も歩いて踏切を渡っているのに初めて気付いたのである。名称が土地の名前でもなく「文化」の漢字が頭に冠せられていることは何の謂れがあるのか。梅田方面へ二つほど行った小さな踏切には隣接して墓地があり、墓地名がついている。文化という抽象的なことばはこの場所を特定できない。この地は昭和初期に開発された住宅地であり「文化」の香りが匂い立っていたのであろうか。他にも面白い名前の踏切があるのかも知れない。或いは五右衛門踏切道とか、アメリカ踏切とか。これから踏切を渡るときは必ずプレートに気をつけよう。
posted by port at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ピコ島」のワイン

DSC02505.JPG
「ポルトガル領ピコ島」
先日NHKBSでピコ島のワインが放映された。人口1500人の溶岩大地の小さな島、この溶岩大地の固い地盤と大西洋の強風に耐えて育つ葡萄「ヴェリデーリョ」。2000年にこの石で囲んだ葡萄畑は世界遺産に登録、実はピコのワインをポルトガル大使館から1本貰った。細いボトル、濃い味だったことは覚えているが、濃厚な甘味は記憶から消えている。ボトルは残している。ラベルには幻想的な石組で囲まれたブドウ園が描かれている。
溶岩大地に張りつくように育つ背丈の低い葡萄。気が遠くなるような人手をかけての一本一本の葡萄の手入れ、
よくぞこの地に葡萄を育てたものである。育つ植物もすごいが住民の生きざまにも驚く。
今一度ピコワインを飲んでみたい。
posted by port at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

「誇らしき土蔵」

DSC02277.JPG
「震災で残った土蔵」
宮城県石巻市、明治時代の土蔵が奇跡的に原型をとどめ残った。明治三陸地震1896年の翌年に建設。昨年外壁鉄筋で補強されたとは云え、堂々たる風格。「なまこ壁」の外壁が美しい。石巻の湾から500mの門脇地区。
何かここで生き抜いた人々の面魂をほうふつとさせる。未来も大事であるが、今少し過去の歴史に耳を傾ける必要があるのかもしれない。この土蔵を見て、100年間走り走り何か大事なものを置き忘れてきたような気がする。
posted by port at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

自宅を失った夫婦

DSC02278.JPG
「自宅跡の菜園」牡鹿半島の鮎川浜、家を津波で失った夫婦が自宅跡で家庭菜園、10/20の新聞に掲載。向日葵が小さく咲いている。快晴の天気、何もなかったように波にさらわれた大地に太陽がさんさんと降り注いでいる。サクサクと土音が聞こえる。土の湿り気をいとおしむように、この時夫婦に会話はなくとも、いっときの苦難を忘れて。ああこのこの土地だけは残った。この地から芽がでたら、この地から生まれた菜を食したら少しは
希望が生まれるかも知らない。思い出をすべて奪い去っていった津波。何もかも奪い去った。今思い出の物はすべて瓦礫と化した。未曾有の災難を未だ理解することはできない。この夫婦は小さな目の前の仕事に精出して希望を託している。
posted by port at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

丹波の黒豆

DSC02262.JPG
「丹波の枝豆」
福知山の画友が毎年黒豆を送ってくれる。今年も届いた。早速塩茹でビールのつまみに食した。今年は雨で出来は悪いというがやはりスーパーの枝豆とは歯ごたえが違う。黒豆は産地で呼称が異なる。種類も違うのかもしれぬ。丹波黒(篠山)、和知黒(京丹波)、信濃黒(長野)、玉大黒(長野、群馬)、紫ずきん(岡山)、等々
種皮にアントシアニン系の色素を含み黒いが栄養的には大豆と同じらしい。通販では3kg弱の3束で4000円ほどの値段、高い。手作りで夫婦で収穫した旬の丹波の黒豆、農作業を思い浮かべながら一粒一粒、食している。感謝。
posted by port at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月14日

トイレの故障

DSC02242.JPG
「トイレの故障」
着座センサーの異常から突然水が出る、水音できずく。それが突然水音がするのである。トイレに出向くと
水は直ぐ止まる。松下電工製、修理に来てもらったが特に不具合は発見されず、トイレは10年前に購入したが電極基盤は5-6年前に故障無償交換。今回水漏れもない。着座センサーもその時は正常に反応。多分電気基盤の老朽化によるのか、突然着座センサーが働く、誰も座っていないのに。トイレのドアーが開いていたことがある。
まさか猫が着座センサーの前に座っているわけでもあるまい。夜中に水音で目を覚ますとトイレのドアーが開いていたことがあった。一匹のミナ猫は勝手に下の隙間から手を入れてドアーを開けることができる。一因かもしれぬ。便座を立てるとセンサーは反応しない。とりあえずはこの対応でしのいでいる。まだ壊れてはいないのである。なんとか機能はしている。
posted by port at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

29代木村庄之助

007.JPG
知人を介して29代庄之助の「夢」色紙をもらった。アトリエの壁に貼ってある。1995から2201年まで庄之助で勤め一度も差し違えはなかった。(ただし1994.11伊之助時代、若乃花と琴稲妻取り組みに一度差し違えある)
最後の一番は平成13年3月貴乃花対武蔵丸であった。28代庄之助と同様、平成の名行司と呼ばれた。
おかげで「夢」は古希を過ぎても枯れずに頑張っている。
今相撲の八百長問題は一段落しているが、いっときの人気はない。しばらく厳しい試練を経ねばならぬであろう。ところで行司は八百長取り組みを見抜けるのか。もしかしたら名行司はとっくに見抜いていたのかもしれぬ、怒り心頭に震えた取り組みを目にしたことがあったのかも知れない。行司が「八百長は分かる」一言いえば
少しは国技発揚に貢献するのではあるまいか。
posted by port at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月07日

核実験の痕跡

DSC02192.JPG
「マーシャル諸島のルニットドーム」
エメラルドグリーンの「エニウエトク」環礁に不気味な核実験あとの放射性廃棄物を封じ込めたドーム。過日新聞に掲載された。1946--1958年間に67回の核実験。ビキニ環礁から近い。数百年もたつとここを掘り返す人間が出てくるかも知れない。人類の遺跡として。この地球から放射能がなくなり漸く生物が誕生、自然界にはラジウーム226、ウラン238、ラドン222があり、ヨウ素、コバルト60、セシューム137、プルトニューム239は人工の放射性物質という。生活を快適にするために新しい放射性物質を人類は作りだした。放射性廃棄物は全世界に隠匿され、現に福島原発事故の汚染廃物さえ始末に困っている。海底に放棄したらと言い出す始末。エニウエトクのドームみたいに美しい地球上に治ることのない生傷を人類は増やし続けている。四十億年かかって創世されたこの地球の環境をむさぼり喰いつぶし続けてきた。もう福島の原発事故の恐怖を忘れようとしている。想定外の震災被害も人類の安易な忘却もその一因である。
posted by port at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月30日

姉吉地区の津波石碑

「岩手県宮古市重茂半島、姉吉地区にある石碑文」

「高き住居は 児孫の和楽
 想え惨禍の大津波
 此処より下に 家を建てるな」

 (明治29年にも昭和8年にも
  津波はここまで来て
  部落は全滅し生存者僅かにも
  2人、後に4人のみ
  幾歳経るとも 要人あれ)
posted by port at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

遡上高の石碑

DSC02191.JPG
岩手県宮古市姉吉地区の津波の恐ろしさを伝える石碑、この石碑を守った住民は今回の津波をまぬがれた。
姉吉地区は明治29年、昭和8年の2度にわたって津波に襲われ壊滅、生存者はそれぞれ2人、4人であった。昭和の津波の後に建立。今回この石碑の50m手前で津波は止まった。碑は道路の山側にひっそりと立っている。普段誰も目に留まることはあるまい。しかし悲惨さを後世に残すには言葉は風化する。当時の住民は必至の思いで、この恐怖をこの石碑に刻みこんだのである。これだけ気象予報が進化しても風水害、地震、は予測できない。現在ほど被災者は国の援助もなかったし、自ら再興せねばならなかった。二度と同じ災害を繰り返してはならぬ強い思いがあった。被災者の財産はすべて膨大なゴミと化した。また多大な生命を奪い去った。この残滓を石碑は眺めながら、実に哀しい思いをしていることであろう。
posted by port at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月18日

主のないランドセル

DSC02189.JPG
「引き取り手のないランドセル」宮城県名取市、市立閖上小学校。
---残された赤いランドセル  津波の傷跡が痛々しい  一つ二つ三つ  五つ、数えると息が詰まる
  おかっぱの女の子何処へ  知らぬ土地で夜を迎えているのか   ちぎれ雲を見ているのか
  東北の黄金の稲穂は近くにあるか  雑草に埋もれた故郷それでも愛おしい  早く帰ってこい
  ランドセルは待っているいつまでも 君の小さな手で時間をかけて洗ってくれ  綺麗に綺麗に洗ってくれ    そして国語、算数、社会の本、筆箱をいつものようにしまってくれ  
  冷たくなったランドセル  君の手肌のぬくもりを忘れてはいない。----     
  
posted by port at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

共時性

DSC02190.JPG
「上中里の百日紅」
9/11に「JR上中里」駅の近くに用事があり東京へ出向いた。駅前通りの坂道に百日紅の並木がピンクの花が盛りを残していた。こんな並木を見た記憶がない。帰宅後、9/13この「上中里」駅で若い男性の投身自殺発生報道で知る。驚いた。この駅のホームで東京駅まで一緒の知人が腎臓がかなり悪くなっていると、体調を訪ねたら言葉が返ってきた。帰宅後NHKで腎臓特集、腎臓透析が激増している。何か妙な符合が気になった。過去にある人を思っていたら阪急十三駅で偶然その人に会った体験がある。やはり共時性はあるのだろう。
「百日紅」も夏になるといつも気になる花である。実家に白とピンクの花が咲いていた。つるっとした幹の感触を覚えている。幹はなかなか太くならない。上中里駅前の並木はかなりの年期がたった樹木なのであろう。何回も来ているのに花がないので気付かなかった。
posted by port at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月12日

ポルトガル水彩画展

DSC02132.JPGDSC02136.JPG
「Tina Lente」ギャラリー展示風景、
posted by port at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする