2012年06月01日

「クイーン エリザベス」

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 薔薇」
 このピンクの「Queen Elizabeth]の
 薔薇も美しい。
 原初の薔薇を彷彿とさせる
 凛として品格に満ちている
 これぞ クイーンの薔薇
 ピンクの彩度も
 楚々としている
 
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「プリンセス ミチコ」

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「薔薇」
 今薔薇が満開、美しい。
 先日万博薔薇園にスケッチ出かけた
 実に種類が多い
 椿もそうであるが
 花びらが多くて薔薇のような
 椿がある。
 薔薇もこれでもかと華美を競う
 大輪の薔薇はどうも描くのに
 気が進まない
 「プリンセス ミチコ」
 1967年英国から美智子妃に献呈
 シンプルで 清楚で皇后にぴった
 の赤、オレンジ色の薔薇である
 どの花よりも美しさを覚える
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2012年05月24日

「南蛮文化館」

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 「中津の南蛮文化館」
中津を散策、古い街並みが残っていることでスケッチを兼ねて歩いてみた。
以前からここに南蛮美術館があることは知っていたが、収集も大したことでもあるまいとわざわざ行く機会もなかった。収蔵品はなかなかのもの、見ごたえ十分。現在一部神戸に貸し出されている。屏風
、陶器、武具、螺鈿の細工物、堪能した。場所が場所だけに残念な気がする。たまたま蒐集した本人の一族に出会った。私設なので維持が大変らしい。ガード下にぼつぼつ店舗がオープンし出している。
若者が集まりだしている。入場者も少しは増えるかも知れない。ポルトガルと縁があり収蔵品には興味があった。残念なのは展示品の年代等の明記が不十分、訪ねると実際に年代がはっきりしないものが多いらしい。17-18世紀ごろのものが多いと思うが。阪急中津駅からほど近い場所にある。
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2012年05月11日

「ギリシャの採火式」

 ロンドンオリンピックの採火式がアテネで行われた。
 ユーロは尻に火がついて、ギリシャから火の手が
 上がろうとしている。借金を棒引きにして貰って
 まだ身を切る痛みに耐えられないと云う。
 ギリシャの誇りはどこに行ったのか。
 イギリスも大変な時期にオリンピック開催、
 内政問題山積、テロ対策、
 しかしギリシャに比べて大英帝国の誇りは未だ健在。
 聖火の火が途中で消えないことを祈る
 それに比べたらバブルも自力で、震災も、原発事故も
 自力で頑張っている。政治の体たらくにもめげずに。
 その上、IMF、アジアへの過大な出資支援金。
 もっと評価されてもよいのに。
 
 
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2012年05月10日

「描き続ける」

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 「中津風景」
 中津界隈のスケッチに出かけた
 不思議な町、
 最近猥雑な風景に惹かれる
 無茶苦茶な電柱の配線
 開かぬシャッター通り
 ガード下の洗濯物
 手つかずの自然にない 猥雑さ
 スケッチしたい
 大竹伸朗が言った
 「今生まれる作品が大事
   やって続けているから新しい
    発見がある」
 
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「銀杏の花」

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 「銀杏の花」
  先日久しぶりに恒例の4キロのウオーキング、
  銀杏の花はとっくに散っていた
  小路を一杯に 小さな花が敷き詰める
  誰も知らない ゴミみたいな小さな花を
  雌雄の銀杏 どうしても 区別つかない
  実をつけて 初めて分かる
  
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2012年05月04日

「信楽の登り窯」

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「登り窯」
 何十年振りか信楽を訪ねた。信楽祭りで案内状を知人から貰ったからである。
 若いアーチスト達が廃屋を利用して、現代アートを展示、
 中には面白い作品もあったが、時間がなくゆっくり見れず。
 廃棄された登り窯や、使用されていない登り窯
 何基があるようである。
 一基、家屋もない野ざらしの登り窯が目を引いた。
 朽ちようとしていた。一番奥の外壁が高熱のためか
 ビイドロ化、経年の味わいで抽象画を観るようであった。
 タイルを張り詰めたように等しくひび割れている。
 所有者の老人が隣で、保存の限界とこぼしていた。
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「赤い車」

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 「赤い車」
 赤い車をかって所有していた。なぜか赤い車は非常に少ない。
 広い駐車場でも直ぐ目に着くので大変助かった。
 今はカーシェアリングを利用、実に経済的で助かっている。
 1983年の米国の統計だが、自動車事故率は青色の車が
 25%、緑色が20%、灰色17%、
 赤色はない、やはり米国でも赤色の車は少ないのか、
 或いは制限があるのか。国旗では赤色が一番多い。
 日本も日の丸、社会主義国は赤をシンボルカラーにしている。
 中国、北朝鮮も赤色、ロシアの赤の広場、赤は目につきやすい、
 夜の赤ちょうちん、ポスト、強調するため赤つ恥、真っ赤な嘘、
 等々きりがない。神社、鳥居の赤い柱、古来安全魔除けの意味も
 あるようである。
 今度買うならやはり赤い車にしよう。赤い車で事故もなかった。
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2012年05月01日

「やぶ椿」

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「やぶ椿」
椿が好きでよくスケッチに出かける。
椿に興味が出たのはポルトガルの北部地方で椿に出会い
日本との縁を知ったからである。椿をポルトガルでは
「ジャパネイロ」日本の木とも言う。
プラサガンサあたりでは2月後半ごろか、椿並木が色とりの
花をつける。ポルトの貴族の旧館には椿の木が植えられていた。
現在日本でも多種の椿がある。すごい品種の多さではないかと
思う。中にはバラ見たいな多弁の椿がある。
なんと云っても描くのには「やぶ椿」に限る
シンプルで赤と黄色の弁、一枚一枚の濃い葉っぱ、
一輪差しによく似合う。
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2012年04月10日

「英字新聞を読むお爺ちゃん」

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「英字新聞のお爺ちゃん」
最近図書館で本を借りるのでよく行く。一階の隅の椅子に座って英字新聞を読んでいる老人を見かける。ほとんど毎日来て、辞書片手に老眼の不便をおして黙々と読んでいる。小さな辞書で単語を調べて
いる方が多いようである。80歳は越している年齢と思われる。時々居眠りしているのでは注意して見るが、辞書に目は注がれている。最近英和辞典を全く見る機会はなくなった。英語力をつける努力も失せている、どちらかといえば日本語に興味が出てきている。
しかしこのご老人の継続する努力には感心する。まだまだ老いたと云うわけにもいかない。勇気づけられている。
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2012年04月09日

「信号機の色」

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「信号機の色」
信号の赤、青、黄色の三原色は世界共通。青は実際は緑色をしているのになぜ青と呼ぶのか。
昭和5年までは「緑」と呼んでいたようである。昭和22年に法令で「青信号」に統一。どうも緑とは言いにくい、野菜でも青野菜で、緑野菜とは普通云わない。形容詞にも「青い」言葉はあるが「緑」の形容詞はない。日本人の男性の好む色は「青」がトップ、他の国でも似たような傾向がある。色彩でも
緑から青は作りにくいが青に黄色を混色すると緑は簡単にできる。フェルメールも青を一番使った。
ピカソも青の時代があった。視界にある風景では緑の色面が格段に多いのに緑色の単語はめったに使わない、かわいそうな気もする。絵描きも緑が使いこなせたら一人前、なかなか緑色は難しい。
外国では信号機縦のものが多い、そして低い位置にある。日本みたいに信号を見上げる必要がなく、車よりも人にやさしい信号に見える。逆に停止している後方の車は見えにくいかも知れない。黄色は真ん中にあるが青、赤は国によって左右異なる場合がある。信号の点滅の間隔が違うのだろうか。意外とその国の社会の有様を反映しているのかも。車優先か、人優先か。外国では信号に従わない人が多いが、これなども人優先社会と云えなくもない。
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2012年04月04日

「拍手」

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「拍手とは」
明治12年歌舞伎座で拍手する人は誰もいないなかった。拍手の習慣はなかったようである。明治中期
政府が進めた音楽教育を通じて広まった。柏手は神様へ祈願だけっだのかも。手を叩く行為は相手への
意思表示のひとつ、口でいえばすむこと。歌舞伎では声を出してい評価をした。日本人は勝手に手を叩くなと思っていたのであろう。手は静かに合わせるもの。万歳も意外と新しいのかも知れない。
会議で賛同する時も拍手より、挙手のほうが静かで日本人に向いているではないか。
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2012年04月01日

「夢」

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「不思議な夢」
よく夢を見る。あわてる、探し回る、迷う夢が特に多い。昨夜の夢はこんな夢。
後ろに川があって洪水で目の前の貧相な家屋が流されなかった。新聞か何かの報道でこの場面を見た記憶があり、なぜか今この場に立っている。そしてこの現場に驚いているのである。鬱蒼とした樹木も洪水で流失せず残っている。この現場が日本のどこかも分からない。何県かもわからない。「ああこの場所なのか」と自分は感嘆しているのである。結構思い出して描ける場合もあるが、場面が急速に変わる場合はついて行けない場合もある。過去の体験、こころの動きが多分に作用していることは事実であろう。明恵の夢日記でももう一度読んでみよう。そのうち夢と現実が混在して来たら困る。夢と現実世界を行ったり来たりできるのも或いは楽しいかもしれない。
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2012年03月26日

「ブータンの踊り」

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「ブータンの祭り」
エグザイズのメンバ−のひとり、USAさんがブータンの踊りに挑戦、BS放送を見た。
「チャムテクリ」の踊り、複雑な振り付けではないが、かなり全身を使う踊りであった。踊り手は神になる。踊りの目的は村人のために踊る、他人の幸せのために踊り続ける。
「よかった よかった あなたに会えて」
感動した。USAさん頑張った。なんとか踊りきった。神に近づくことはできなかったが、踊りの真髄に触れた旅ではなかったかと素足で踊る姿に感動した。
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2012年03月23日

「軍帽子」

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「北朝鮮軍上官の帽子」
テレビに映る北朝鮮の軍の上官の帽子をみていつも違和感を感じていた。丸びを帯びて以上に大きく見えるのである。米軍、英国軍、各国の正装のキャップを見ても大きいことはあるが、顔と身体にバランスはとれている。正装で戦うわけではないから威厳があればよい。マドロスパイプをくわえてタラップから下りるマッカーサーの最高司令官の帽子は実に格好良い。身体の一部となっている。
思い切り前部がせり上がっている。睥睨している感じ。陸海空によって異なるのであろう。日本の高官の軍帽子は服装の一部で睥睨して見おろすような形ではない。カッコよくもない。
人間も動物も雄は力を誇示するため頭に飾をつけたり、羽を大きく見せたりするものである。インデアンの酋長は大きな羽飾り、戦国武将は兜に趣向をこらした。北朝鮮高官の帽子も力の誇示だけを今も守っているのか。あの帽子がカッコ良く変化したら、民主化に一歩近づくかもしれない。
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2012年03月22日

「瓦礫とミミズ」

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「ミミズの力」
蚯蚓と書く。赤い血液を持つゴカイの仲間。1mmから最大60cmのミミズがいるらしい。幼少のころ
雨上がりに通学の道端に10cmほどの太い青白いミミズをよく見た。オシッコをかけると陰茎が腫れると言われた。本当に腫れた子もいた。いまだその理由は分からぬ。「ミミズに魅せられ半世紀」中村方子著を読んだ。4億年前の化石が発見、馬鹿に出来ないミミズ様。すごいのは腸管を通過した糞は植物を分解した有機土壌。ダーヴィンもミミズの役割を指摘している。既に土壌改良に利用されている。
100年に60cmほど有機土壌の厚さになる。地球はそれでは太っているの?遺伝子操作で巨大ミミズを作って東日本の瓦礫を分解してもらえないか。或いは放射性物質も身体に取り込んでくれるかもしれない。東日本に「蚯蚓開発研究所」を設立、日本には梅雨と森林がありミミズには最適の恵まれた環境がある。
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2012年03月18日

「コロンビア大学白熱教室」

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「コロンビア大学の白熱教室」
NHKの番組でコロンビア大学の白熱教室講義を1時間聴講、ミーナ・アイエンガー教授の講義は実に
素晴らしかった。淡々と理路整然とした「選択」についての話、引き込まれてしまった。
ぼんやり過ごしている日々の生活、何らかの選択をしている。その選択も納得しているものばかりではない。1日、約70回ほど選択しているという。省く・分類・整理が選択には必要。知覚と記憶には限界がある。何か日々の行動を一歩考えてみることも必要かも知れない。
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2012年03月16日

「舟」という作品

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「小さな水彩画作品」
先日地元の市役所を訪ねたら社会福祉施設の作品展が開催されていた。低学年齢の水彩画にすばらしい
作品が3点ほど目に留まる。一点はこの作品、題名は「舟」、蟹か海老のようにも見えるが、ブルーの背景に生き生きとフォルムが描かれている。線描が躍動、赤い色が強烈に目を射る。直感的にこんな形が描けたらとつくづく思う。以前身障者に陶器の絵付けを教えたことがある。心象風景描く子、アニメを次々に描く子、ストップかけるまで描き続ける子、その時、才に驚いた体験をした。ねむのき学園の作品展に感動した記憶もはっきり残っている。美の意識は脳が本来持っている平等な感覚なのかも知れない。
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2012年03月11日

「ゴリラと人間」

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「ゴリラと人間」
 英化科学誌ネイチャーに掲載。ゲノム解析で判明、人間とゴリラは98.25%同じ。違いは1.75%。
1.75%の僅かな違いの中で人間は進化してきたのか。偉そうな顔をしているが地球の歴史から見たら
ゴリラと人間はあんまり変わらない。道具を進化させて少し楽になっただけではないのか。人間が創造したものはない、地球に存在するものを発見しているに過ぎない。ゴリラが人間と枝分かれしたのも
1000万年前ぐらいつい最近のこと。違いが広がることはあるまい。僅かに伸ばした寿命ももう限界。この僅かな違いの頭脳が神まで創りだし、俺の神、お前の神と殺しあいをしている。人間は全く違いはないのに、ゴリラみたいにテリトリーを守っていたら争いもない。グローバル化が争いの元凶であろう。生態を犯す民族の紛争はなくなることはあるまい。ゴリラの動作になんとなく懐かしさを感じるようになった。
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2012年03月06日

「不思議な看板」

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「不思議な看板」
大阪北区で車で天神橋方面へ向かっている時、右手に不思議な看板を目にした。ビルに挟まれた二階建の古民家、黒くすすけた日本家屋。看板に「橋本錺工店」。上のほうに小さい字で確か煙突某の文字、
煙突掃除屋さんかと思ったが、今煙突がある家などあるはずがない。帰宅して辞典で調べてみた。「錺」はかざりと読み、錺職人を意味するらしい。古い職業である。看板も古いが、上げてあるところを見ると錺職人の仕事をやっているのであろうか。隣に大きな自動販売機が2台で〜んとおかれていた。大阪には古い町屋がまだまだ健在。一昨日中崎町でFADOのライブがあった。この町も戦災を免れた古民家が一杯残っている。
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