2011年11月01日

「誇らしき土蔵」

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「震災で残った土蔵」
宮城県石巻市、明治時代の土蔵が奇跡的に原型をとどめ残った。明治三陸地震1896年の翌年に建設。昨年外壁鉄筋で補強されたとは云え、堂々たる風格。「なまこ壁」の外壁が美しい。石巻の湾から500mの門脇地区。
何かここで生き抜いた人々の面魂をほうふつとさせる。未来も大事であるが、今少し過去の歴史に耳を傾ける必要があるのかもしれない。この土蔵を見て、100年間走り走り何か大事なものを置き忘れてきたような気がする。
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2011年10月28日

自宅を失った夫婦

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「自宅跡の菜園」牡鹿半島の鮎川浜、家を津波で失った夫婦が自宅跡で家庭菜園、10/20の新聞に掲載。向日葵が小さく咲いている。快晴の天気、何もなかったように波にさらわれた大地に太陽がさんさんと降り注いでいる。サクサクと土音が聞こえる。土の湿り気をいとおしむように、この時夫婦に会話はなくとも、いっときの苦難を忘れて。ああこのこの土地だけは残った。この地から芽がでたら、この地から生まれた菜を食したら少しは
希望が生まれるかも知らない。思い出をすべて奪い去っていった津波。何もかも奪い去った。今思い出の物はすべて瓦礫と化した。未曾有の災難を未だ理解することはできない。この夫婦は小さな目の前の仕事に精出して希望を託している。
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2011年10月07日

核実験の痕跡

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「マーシャル諸島のルニットドーム」
エメラルドグリーンの「エニウエトク」環礁に不気味な核実験あとの放射性廃棄物を封じ込めたドーム。過日新聞に掲載された。1946--1958年間に67回の核実験。ビキニ環礁から近い。数百年もたつとここを掘り返す人間が出てくるかも知れない。人類の遺跡として。この地球から放射能がなくなり漸く生物が誕生、自然界にはラジウーム226、ウラン238、ラドン222があり、ヨウ素、コバルト60、セシューム137、プルトニューム239は人工の放射性物質という。生活を快適にするために新しい放射性物質を人類は作りだした。放射性廃棄物は全世界に隠匿され、現に福島原発事故の汚染廃物さえ始末に困っている。海底に放棄したらと言い出す始末。エニウエトクのドームみたいに美しい地球上に治ることのない生傷を人類は増やし続けている。四十億年かかって創世されたこの地球の環境をむさぼり喰いつぶし続けてきた。もう福島の原発事故の恐怖を忘れようとしている。想定外の震災被害も人類の安易な忘却もその一因である。
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2011年09月30日

姉吉地区の津波石碑

「岩手県宮古市重茂半島、姉吉地区にある石碑文」

「高き住居は 児孫の和楽
 想え惨禍の大津波
 此処より下に 家を建てるな」

 (明治29年にも昭和8年にも
  津波はここまで来て
  部落は全滅し生存者僅かにも
  2人、後に4人のみ
  幾歳経るとも 要人あれ)
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遡上高の石碑

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岩手県宮古市姉吉地区の津波の恐ろしさを伝える石碑、この石碑を守った住民は今回の津波をまぬがれた。
姉吉地区は明治29年、昭和8年の2度にわたって津波に襲われ壊滅、生存者はそれぞれ2人、4人であった。昭和の津波の後に建立。今回この石碑の50m手前で津波は止まった。碑は道路の山側にひっそりと立っている。普段誰も目に留まることはあるまい。しかし悲惨さを後世に残すには言葉は風化する。当時の住民は必至の思いで、この恐怖をこの石碑に刻みこんだのである。これだけ気象予報が進化しても風水害、地震、は予測できない。現在ほど被災者は国の援助もなかったし、自ら再興せねばならなかった。二度と同じ災害を繰り返してはならぬ強い思いがあった。被災者の財産はすべて膨大なゴミと化した。また多大な生命を奪い去った。この残滓を石碑は眺めながら、実に哀しい思いをしていることであろう。
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2011年09月18日

主のないランドセル

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「引き取り手のないランドセル」宮城県名取市、市立閖上小学校。
---残された赤いランドセル  津波の傷跡が痛々しい  一つ二つ三つ  五つ、数えると息が詰まる
  おかっぱの女の子何処へ  知らぬ土地で夜を迎えているのか   ちぎれ雲を見ているのか
  東北の黄金の稲穂は近くにあるか  雑草に埋もれた故郷それでも愛おしい  早く帰ってこい
  ランドセルは待っているいつまでも 君の小さな手で時間をかけて洗ってくれ  綺麗に綺麗に洗ってくれ    そして国語、算数、社会の本、筆箱をいつものようにしまってくれ  
  冷たくなったランドセル  君の手肌のぬくもりを忘れてはいない。----     
  
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